訴訟ファンドとは

訴訟ファンドとは何か?

訴訟当事者、代理人弁護士や保険会社など訴訟当事者と契約関係のある当事者以外の第三者から訴訟(仲裁も当然含まれる。以下の説明においては、訴訟の引用には、不都合のない限り仲裁も含まれるものとして理解する。)費用の資金供与を訴訟当事者に対して行うことをAlternative Litigation Finance (ALF)という。あるいは、資金提供の対象範囲を弁護士や弁護士事務所まで拡大して、Third Party Litigation Finance (TPLF) とも呼ばれる。英国、豪州、米国、カナダなど英米系法制度の国を中心としてALF/TPLFが、訴訟や仲裁の現場で最近急速に普及し始めている。ALF/TPLFの活用により、従来の民事訴訟の制度や慣行に様々な影響が出始めており、どのように社会的に定着させるべきか議論が始まっている。

特に、最近、注目されており、本サイトで取り上げるのは、ALF/TPLFの中でも「訴訟ファンド」(Litigation Fund)と呼ばれるものである。多くの場合、弁護士経験者や投資銀行経験者が中心となって企画し、ヘッジファンドや個人投資家がもっぱら商業的利益を目的として主として企業が絡む訴訟案件につきファンドを組成し、訴訟費用の資金供与を行う。特に、ALF/TPLFを行っている法人、Burford Capital、Juridica Investment、IMF Benthamなどが、英国や豪州で株式上場したことを契機に社会的注目度が一挙に高まってきた。(※1)

後述するように、これら各国でも訴訟ファンドを含め第三者による訴訟費用のファイナンスビジネスは歴史が浅く、生成過程にあり、法的整備も業界団体も未熟な状態の中、実需先行で進んでいるといってよい。しかし、訴訟ファンドは企業にとり経済的に有用であるとの評価が高まってきており、将来、訴訟制度や訴訟慣行に大きな影響を与えると予想されている。

※1 New York Times Magazine “Should You Be Allowed to Invest in a Lawsuit?” Oct.22, 2015, 業界紙ではなく一般紙にまでこのテーマが取り上げられたことが注目される。

日本企業にとっての訴訟ファンド

一方、わが国では、海外で普及の進む訴訟ファンドについての認識は、企業法務を含め関係者に広がっていない。しかし、グローバルに事業展開をしているわが国企業は、必然的に海外で法的紛争事態に遭遇する可能性があり、英米各国での訴訟ファンドの普及速度を考えると、特に、国際訴訟や国際仲裁の場において訴訟ファンドの活用の可能性について真剣に検討すべき段階になりつつある。

そこで、訴訟ファンドを正しく理解してもらうと同時に訴訟ファンドが先行して普及している各国の実務の状況(特に日本企業に重要な米国を中心として)について情報を発信する本サイトを立ち上げることとした。

まず、本サイトで取り上げる訴訟ファンドは、企業間に生じる訴訟や仲裁、いわゆる商事訴訟(Commercial Litigation)や商事仲裁(Commercial Arbitration)を対象とするものである。TPLFの英国や豪州などでは、資金供与の対象者が訴訟当事者個人となるもの、あるいは、訴訟を代理する弁護士(弁護士事務所)になるものなど多様なものが含まれている。リーガルマーケットの規制緩和が進み、ファイナンス技術が発達している現在、こうした多様なTPLFが生まれるのは必然であり、こうした大きな流れの中で訴訟ファンドも考察されるべきではあるが、個人の訴訟に関する訴訟費用の資金供与及び弁護士(弁護士事務所)への資金供与は、とりあえず本サイトの対象としないこととする。

訴訟ファンドの概要(基本構造)

訴訟ファンドとは、訴訟(仲裁も含む)当事者以外の第三者が、訴訟当事者に対して訴訟費用を原則ノンリコース条件で提供するものである。すなわち、万一当該訴訟(仲裁)で敗訴した場合には当該第三者に対しては提供された資金の返済義務はない。もし、訴訟当事者が当該訴訟(仲裁)で勝訴し、または、和解し訴訟当事者に賠償金や和解金が支払われる場合には、訴訟)仲裁)費用提供の対価としてその一定割合を当該第三者に支払うというものである。

訴訟ファンドの典型事例 ダビデとゴリアテ( David vs. Goliath)

訴訟ファンドを説明するのによく引用される例は、中小企業が大企業に対して、訴訟を起こすものである。つまり、旧約聖書で語られた羊飼いの少年ダビデが巨人兵士ゴリアテに立ち向かった話になぞらえる事例で、訴訟ファンドが、ダビデがゴリアテを倒した投石器となるというものである。

民事訴訟制度は、中立であり当事者は平等の立場で法的に争うことができることを前提としている。しかし、もし中小企業が大企業に対して訴訟を起こす場合、果たしてその通りなのであろうか?訴訟や仲裁にかかる費用は、一般的に多額で、長期間にわたり支出を余儀なくされるが、自己資金による調達が原則である。銀行など金融機関は、その結果が不確実な訴訟や仲裁の費用を企業に融資すること一般的にはない。企業の持つ潜在的な法的請求権は、会計上も資産としては評価されないのである。従い、訴訟や仲裁は、中小企業にとりその負担は決して軽くない。こうした負担に耐えられないなら、いくら訴訟や仲裁で勝ち目があっても中小企業にとり訴訟や仲裁を起こすことは困難である。訴訟や仲裁を起こしても途中で資金難から不本意な条件で和解を強いられることもある。

では、弁護士(弁護士事務所)が成功報酬で、中小企業の訴訟費用の負担を引き受けてくれるのであろうか。基本的には個人経営である弁護士(弁護士事務所)にとり経済的なリスクを負って不確実な訴訟を引受けるのには当然限界がある。特に、相手が、資金の潤沢である大企業である場合、成功報酬で訴訟を引き受ける弁護士(弁護士事務所)は、一層少なくなるであろう。こうした中小企業が直面する訴訟費用の問題を解決するのが訴訟ファンドである。訴訟ファンドは、司法へのアクセスを改善する手段であると説明される所以である。

訴訟ファンドを要約すれば以下の通りとなる。

訴訟ファンドは、原告企業に原則ノンリコース・ベースで、訴訟や仲裁の費用を提供する。つまり、敗訴の場合、原告企業は、訴訟ファンドに対して訴訟費用の返済義務はない。

原告企業は、直接、弁護士を選任し、自己の判断と責任において訴訟を遂行する。訴訟ファンドは、代理人弁護士に対して定期的に弁護士報酬(場合により、弁護士報酬の一部につき成功報酬も組み込まれることがある)を支払う。しかし、訴訟の遂行状況につき報告を受けるものの、原則的に、原告企業と代理人弁護士と関係に訴訟ファンドは関与することはない。一方、当該訴訟で判決や和解で解決金が支払われる際、その一定割合を訴訟ファンドは対価として受け取る。訴訟ファンドは、個別案件ごとに組成される場合や複数の案件をポートフォリオとして組成される場合もある。訴訟ファンドが関与する時期は、訴訟や仲裁提起の前が通常であるが、訴訟や仲裁の係属中の段階、控訴段階、あるいは、判決の執行段階などもありうる。対象となるものは、契約関係の紛争、特許権やトレードシークレットの侵害、独禁法違反、破産・会社更生手続き、労働紛争などその国の訴訟法制度や慣行により様々であり、さらには、国際仲裁でも活用されるようになってきている。訴訟ファンドは、その構造から損害賠償保険(Liability Insurance)の被告・保険会社の立場を原告に逆転させているものとの指摘もある。

訴訟ファンドへの資金提供者は、主にヘッジファンドやプライベートエクイティなどである。訴訟ファンドの組成・運営は、経験の豊富な訴訟弁護士やインベストメントバンカー・投資銀行家のバックグラウンドをもった人材が行っている。訴訟ファンドは、企業が被告になる場合にも資金提供をすることも論理的には考えられる。しかし、被告となる場合のファイナンスではいわゆる事後保険の形となり条件設定も難しいため、訴訟ファンド運営会社が宣伝しているほどにはまだ活用例は広がっていないようである。従い、本サイトでも当面は被告企業を対象とするファイナンスは、実例の増加を待つこととする。

新しいコーポレートファイナンスとしての訴訟ファンド

訴訟ファンドの典型事例として挙げられる資力に乏しい中小企業に対する司法へのアクセス改善に加え、最近では、訴訟ファンドの活用は、中小企業にとり有用なものとは限らず、大企業にとっても有用であるとの認識が広がりつつある。すなわち、訴訟ファンドは、企業が保有する第三者に対する潜在的な法的請求権を資産として評価することである。企業の保有する資産で未実現のものをファイナンス対象とすることは、昨今、珍しいことではなくなったが、訴訟とファイナンスを結合させた点で訴訟ファンドは特徴的である。企業の効率的な資産運用の要請から、訴訟ファンドをコーポレートファイナンスの一つの手法として活用することが広まりつつある。